集いの沿革とその目的

集いはヨーロッパに在住しているキリスト者とそれらの教会、集会による任意の集まりで、

 

   1、神の御前で合同の礼拝をささげ、

2.   2、主にある喜び、重荷を分かち合い、互いに励まし合い、絆を深め、

3.   3、聖書を中心とした学びと交わりにより霊的成長を計り、

 4、共通の使命であるキリストの福音の宣教協力を計ること、

  などを目的としています。 

 1984年夏、当時日本人学校の教師として派遣されていた伊藤和人兄(当時のデュッセルドルフ日本人キリスト教会)の呼びかけにより「第一回ヨーロッパ・日本人キリスト者の集い」が西ドイツ・ブッパタール近郊のランゲンベルグで23日の日程で開催されました。聖書の「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ」(エペソ4:5)の主題のもと、ドイツ、フランス、オランダ、オーストリア、ノルウェーから60余名の参加がありました。

 聖書研究と証し、祈り、交わり、講演、そして礼拝をともにし、参加したすべての者は、 主からの大きな恵みと感動を得、翌年も是非集まりたいと再会を期待しつつ会場を後にしました。 この時期、ヨーロッパに点在する多くのクリスチャンの群れは集会の域を出ておらず、わずかにデユッセルドルフ、ケルン・ボン及びロンドンJCFが教会としての形を整えていました。第一回目の集いから、すでにこのように多くの参加者が与えられたのは、平信徒伝道者としてヨーロッパ各地で集会興しに奮闘しておられた安部哲兄のネットワークを通じての呼び掛けが功を奏したものでもあります。

  1986年の第3回大会には、他に例を見ないプロテスタント超教派の集い(修養会)が行われていることを聞き、アメリカや日本からの視察を兼ねた教職者の参加もありました。

 1988年の第5回大会までは、第一回の呼び掛けにもありますように「日本人キリスト者の集い」と称されていたのを「日本語キリスト者の集い」に改める決定がなされました。日本語を話す日本以外の国籍の方(外国の方と結婚されて日本国籍を無くされた方を含む)が多数参加されていたためです。これを契機にヨーロッパのほとんどすべての日本人教会、日本人集会が名称を日本語教会、日本語集会に改めました。「ヨーロッパ日本語キリスト者の集い」は後に「日本語」も外れて、現在のように「ヨーロッパ・キリスト者の集い」として今日に至っております。

 一信徒の呼び掛けから始まった年に一度の信徒大会(集い)ではありますが、各教会、集会を導いておられる奉仕者が集いの大きな責任を担っております。御言葉を取り次ぐ説教者、講演者の奉仕、信仰の証や賛美の奉仕を通して、主に生かされている喜びを分かち合って参りました。


2001
年の第18回大会での代表者会議において、この集いが「信徒大会」であること、

 

教職者も与えられた賜物に応じて奉仕をし、参加費用も出し、例外を含めながらも謝儀を受け取らないことが確認され、今日に至っています。

30回ヨーロッパキリスト者の集いの代表者会議に於いて、この集いの沿革と目的が満場一致で採択されました。